妖怪の気持ち

人型が何か言っているよ。妖怪になりたいんだって。

かいこ




つるりとまあるの月が映す


子どもに怯えて目を伏せた


それをあなたはバケモノと言う






目を背けるわたしもあなたも


飼っている、飼われている






わたしのにんぎょうを解いて


あやして


あなたにあげたい






あふれ蠢く糸くずと


ぐるぐるぐるの昏の穴






あなたが空けた針穴が


ますます裂けるのを見つめてる







あなたの子どもを


穴の中から取り出して


分解・細分化ののち


食べてしまいたい






こんなもの悪い夢だから




いいよ、もういいよ







肌に埋め込まれた糸を


一筋一筋引きながら


伝うものなど


なく、なく、なく


上半身をあなたに埋める






こんなものただの夢だから


ぼくらはただのバケモノだって


言える







そしたらぼくらは


ぼくらはさ!!






白鳥になれる


花になれる


心臓になれる


惑星になれる




どこへだって行ける


どこにだっていられる





空気にだって


部屋にだって


嵐にだってなれるし




涙にも


血にも


尿にも


ウイルスにだってなれる







君よ、君よ、君よ




弾けた紅の


眠る葵の


満天の黄の


泥雨の黒の




君よ、


君で、


あれ











日誌




呼吸の音を飲み込む


冷えた空気が鼻腔を撫でていく


歪さを払っておくれよ


ここにいてもいいよと






あなたの眠りは安寧を呼んで


どこにも行きたくなくなって


佇んでいる






底にある言葉などなんの意味もなさない


大切なのは近くに在ること


ただそれだけ







あなたの居ない夜 眠る朝


転がるピンク色の塊


どこへだって行ける


隣を想う









あいする



いずれ失ってしまうものを抱くことすらできない

それはきっとくるしくて切なくて



眠るあなたが愛おしい

笑みに瞳が緩んで


整った呼吸を乱したくない

安らかであってほしい


これを恋と呼ぶのは間違っているし

愛と呼ぶには拙すぎる

 


ほんのすこし削れて

あなたの糧になればいい


いまだけ、いまだけ

触れていたい




猫、愛。別、悲。



なにから書こうってなんでもいいから

浮かんで書いたら猫になった。



にゃぁんにゃにゃぁんにゃあ〜にゃぁあん



こんな鳴き方、猫ならしない。


猫、大好きだよ猫。

好きすぎて死にたいくらいには愛してる。


すまん、死にたいのはただ死にたいからだ。

猫のせいじゃない。



猫、お前は幸せか。

外に暮らし家に暮らし店に暮らし駅に暮らす。

猫、お前は幸せか。



そいつの幸せを他の誰が決められるんじゃ、

というツッコミはもちろんありだが

わたしの悲観を聞いてくれ。



去年の5月飼ってた猫が死んだ。

リラという名前だ。

わたしはまだ受け止めきれてない。



いないことは確かで、どこにもいないんだけど

どうやったっていないんだけど、少しでも感じたくて。

縛りつけている。


わたしから離れないように、頭の先に括りつけて

ぽいんぽいん跳ねてるかもしれない。

首が絞まってるかもしれない。



そういえば、リラに付けていた首輪と呼ばれるものは

ことごとく彼を締めつけていた。

首周りの毛が禿げるくらいにはキツかったらしい。



わたしはまだリラを飼っていたい。

いてくれないと困るんだよ。


つらい時、助けを求めたい時に

抱きしめて心音と息とゴロゴロ言うのを聴かせてくれた、

お前がいないと困るんだよ。



こんなに拗らせた原因はわたしにある。

よくある話だ。


腎臓が弱って死にゆくリラを看取らなくていいように

できるだけ外出した。



出先でリラが死んだことをLINEで知った。

涙が出て出て。

泣き腫らしたいのを無理矢理押し込めた。


展示に食らいつくために、

悲しいのを喰らって飲み込んだ。


そんで今更の被ダメがでかい。



お前ともっと過ごしたかった。

愛しさを告げて

大切に大切に触れていたかった。

抱きしめていたかった。



リラ死ぬのが怖かった。

居なくなるのが怖かった。



なあ、リラ。

ケージに入れられて、構ってもらえなくて。

お前は苦しくなかったかい。


幸せだったかい。



死んだリラを前にしてそんな問いができるだけの

尊大な自分を認めたくなくてしなかった。



肉が削げ落ちたお前に

痛々しいものを見つめる視線を突き刺したのもわたしだ。



わたしだけは違っていたかった。

他の奴らと違っていたかった。

リラを愛していると胸を張って言えるような人間でいたかった。



ひとつひとつ懺悔することに

なんの意味もないと知っている。

懺悔の、悔恨の気持ちが縛り付けるのだと知っている。



なあ、リラ。

お前が生きていたことを覚えておくよ。



仏頂面。

寝返りをうってうってよく机から落っこちたこと。

紐で遊ぶのが好きだったこと。

胸にネクタイがあったこと。

骨組みが大きくて握手のしがいのあったこと。

小バエを怖がるくらい優しかったこと。

家出してげっそりして帰って来たこと。

ポットの上が好きだったこと。

テレビの上が好きだったこと。

畳の部屋の窓際が好きだったこと。

わたしの膝によく乗ってくれたこと。

ぎゅっとしている間そばにいてくれたこと。

あたたかかったこと。



お前は生きていた。

わたしたちは生きている。



どうか安らかに。


リラ、お前が大好きだった。